Vector Space研究(その2)

前の記事(Vector Space研究)を書いたら流れでVector社のCEOからこんな意見が。

ふむふむ、比推力(Isp)を1段目300秒、2段目340秒出ていると主張しているのか。これは前提が違ってた。

今回も良し悪しみたいな「お気持ち」的なものは抜きにして、物理現象だけを考えていく。プロピレン/LOXのロケットエンジンのIspについての考察はそこまでしていなかったので、NASA CEAによって算出した。ちなみにノズルでの凍結流で計算している。

1つ目は1段目エンジンを想定して、ノズル出口圧力を0.7気圧になるようなノズル膨張比で、燃焼圧毎・O/F毎の真空中比推力(Isp vac)を出している。2つ目は2段目エンジンを想定して、ノズル膨張比を仮に30とした時のIsp vacをNASA CEAから出してグラフ化した。

燃焼圧がいくつか不明だが、1段目の低膨張比ノズルでの真空中比推力(Isp vac)が300秒、2段目の高膨張比ノズルでのIsp vacが340秒というのは燃焼効率やノズル効率が100%という理想的な値でもギリギリの値である。
実際には95%効率達成できればかなりレベル高いものである。現実的には、ガス押し式で燃焼圧2.0MPa程度として285秒、323秒程度が運用段階の現実的な数字になってくると思われる。

Vector社の言うIspで設計成立させる構造効率

Vector社の言うとおり300秒、340秒という理論値なIspが達成されていると仮定して、どれほどの構造効率なら軌道投入可能になるのか考えてみると、構造効率90%、85%で達成可能となる。Vector社はこのようなロケットを考えているのだろう。

これはガス押し式の構造効率としては極端に異常に高いが、他のポンプ式のロケットではこの程度の構造効率は達成しているので、計算上は成り立っている。実現はかなり厳しそう。

95%効率のIspと高い構造効率

Vector社のIspをそのまま受け入れるのは微妙なので、燃焼効率とノズル効率をあわせて95%(これは商用ロケットでやっとの思いでなんとかギリギリ達成される値)を用いると、構造効率と先ほどと同じと仮定してみると、全備重量が17.2トンと1.7倍程度まで膨らんでしまう。おそらくこれだとエンジンから考え直しになると思われる。

95%効率のIspともう少し低い構造効率

構造効率が90%、85%というのは小型ロケットとしては高すぎるので、構造効率が1段目87%まで下がったとして(ガス押し式だとまだ非現実的だが)考えてみると、全備重量が30トン程度と3倍に膨らむ。しかし構造重量を考えると現実的になってきた。このぐらい現実的になると、なんとか飛びそうと思える。

 

まとめ

正直、前の記事で考えたIsp程度しか実現しないのでは?と考えているが、最大限Vector社の意見を取り入れて改めて考えてみた。やはり物理現象から計算していくと実現性に色々と壁があることには変わらない。ロケットは一般的に、Ispと構造効率が変わると大幅にロケットの構成が変わってしまう。特に小型ロケットは構造で数十kg増加すると全体大きさが極端に増えてしまうところが難しい。

自分から半径3mの中では、ロケットのサイジングの検討の甘さからシステムがどんどん変わっていってアレすることを「Fireflyする」と言っているので、Vector社にはそうならないように頑張ってもらいたい。

Vector社のロケットはどのように公言している数字が実現されていくのか、はたまた変更に次ぐ変更があるのか、今後が楽しみ。

 

 

Vector Space研究

Vector Space Systemsというベンチャー企業がある。最近日本語記事でも取り上げられている。
https://news.mynavi.jp/article/20170509-vector_r/
https://news.mynavi.jp/article/20170203-a427/

Credit: Vector Space Systems

うちのライバルになり得る会社なので、創業当時から注意深く調べている。
やりたいことに対してロケットの大きさ等、物理的にあまりに無茶苦茶なので、誰かが厳しく指摘するか、まぁみんな気づくでしょうと思っていた。
最近ニュースになったり営業活動活発なため、日本でも中央の人たちが無視出来なくなってきている状況になっている。

ここでは資金面や協業などに気を取られず、純粋な物理面だけ良し悪し抜きで考える。
(そんな説明を今後、あるところでするつもりだけど、クローズドな場なので先にブログに公開しておく)

計算方法

手元にロケットのサイジングを行なう自作のpythonコードがある。コードがやっていることは多段ロケットをツォルコフスキーの式から必要⊿Vになるようなロケットの大きさを考えてくれるというもの。

以前公開したものを改良しているが、基本的に同じ。最適値探索のために単純なラグランジェの未定乗数法から拘束条件付きで最適値探してくれる方法に変更しているぐらい。

前提

Vector社は2種類のロケットを発表している。
・Vector-R
・Vector-H
Vector-Rは色々考えてもかなり厳しいので、比較すると実現可能に見えるVector-Hロケットを考える。

かなりVector社に都合が良いような前提で考えていく。実際には細々色々悪い方向に行きがちだけど、コンセプトベースなのでポジティブに考えていく。
2017年12月現在公開されているスペックを元に考える。

・高度450kmの太陽同期軌道にペイロード75kgを輸送する
・推進剤は液体酸素とAdvanced Propylene、何を指しているか不明だがメタン以外の蒸気圧の高めの炭化水素系推進剤
・8.7トンの重量(おそらく推進剤込みの全備重量)
・エンジン1段目 2.2トンエンジン6基=13.2トンf
・エンジン2段目 360kgf
・残渣推薬はほとんどなし、フェアリングなどは30kgと超々軽量に作れたとする

ホームページには軌道にペイロード160kgとあるが、射点緯度によって⊿Vが異なるので仮定がブレるのでSSOで考える。ここでは必要⊿Vを9.6km/sとする。本当は10km/s以上欲しいが、重力損失など少ないとして楽観的に考える。

pressure fed、つまりガス押し方式の場合、通常燃焼圧力を取れないこととノズル効率を上げれないことからIspが低い。また、タンクに加圧する圧力が大きくなるのでタンクが重く構造効率を上げれない。

エンジンの比推力(Isp)や構造効率が公開されていないので何通りか考えてみる。
ここではIsp(vacuum)を2通り「1段目220秒、2段目260秒」、「1段目290秒、2段目310秒」、構造効率を「1段目90%、2段目85%」「1段目95%、2段目90%」で考える。

ちなみにIspの低い方でもガス押し式としては楽観値。高い方はポンプで昇圧したような高いもの。構造効率に関しても低い方でもH-2ロケットと同等程度、小型ロケットとしては軽量構造なロケットラボ社と同程度、高め構造効率に関してはSpaceXのFalcon9と同程度という小型ロケットでは達成不可能な現代技術が達成しうるロケットの極限値。

1.ガス押しのIsp、構造効率高め

必要⊿Vが9600m/sに届かない状況で軌道投入できてない。この⊿Vでも全備重量1161トンになってしまった。全く成立していない。公開データの中から楽観的に考えたが全然ダメ。Ispはガス押し式ではあげようが無いので、構造効率を夢のような数字に上げたものを考えてみる。

2.ガス押しのIsp、構造効率を夢のような数字に

⊿Vが9600m/sで軌道投入は可能。しかし全備重量が34トン。Vector社が公開している8.6トンとはかけ離れている。Ispはそんなに上がるものでは無いが仕方がないのでIspを上げたものを考えてみる。

3.ガス押しでは不可能な高いIsp、構造効率高め

Ispが高いだけあって⊿Vは9600m/sで軌道投入は可能。しかし全備重量16トン。これには問題があって、2段目の構造重量が125kgになっている。75kgのものを運ぶ構造とエンジン重量合わせて125kgというのは製造不可能なので拘束条件として2段目の構造重量に制限(構造屋さんが頑張って超軽く250kgで作れたとする)を設ける。

4.ガス押しでは不可能な高いIsp、構造効率高めで2段目に構造制限あり

軌道投入は可能で、全備重量は20トンになった。公表されている8.6トンとはかけ離れている問題点はあるが、この辺りがギリギリ現実的な開発ターゲットになってくるだろう。

 

5.公表データにするために無理やり高いIspと夢のような構造効率

全備重量8.6トンという公表データに合わせるように数字を作ると、高いIspと現実離れした構造効率にすると計算上あり得る。おそらくVector社はこんな計算をしていると予測される。

まとめ

Vector社のコンセプトは物理計算上かなりの無理がある。下記のことをすると現実的になってくるだろう。

・現状のロケットエンジンのような低い燃焼圧をやめる
・ポンプ使用のロケットタンク程度にタンク構造を軽くして構造効率を上げる
・他の商用ロケット程度の高い燃焼効率
・残渣推薬のほとんど出ない絶妙な推薬流量調整
・世界最高レベルの構造設計

とにかく技術的には今のコンセプトからは大きな要素変更があるだろう。その後どうビジネスを成り立たせようとするのか期待して注目していく。