CSの背景
デンマークにあるアマチュアロケットチームCopenhagen Suborbitals(略称はCopSubとかCS)。人を乗っけて宇宙空間まで行くロケット(弾道有人飛行)を目指し、2008年に発足したデンマーク、コペンハーゲンにあるアマチュアのチーム。Peter MadsenとKristian von Bengtsonによって設立されて、現在は40人超のボランティアスタッフによって運営されているようです。現在創設者2名はCSを離れたようですが、目標は変わらず、毎月の協賛費やクラウドファンディングによって費用を捻出して運営しているようです。
例えば、今夏打上げの機体もindiegogoで130万円ほどのクラウドファンディング達成しています。おそらく個人や企業からの協賛金の方が圧倒的に多いでしょうが、ファンを作って人を集める活動にも力を入れています。
今回は日本で同じようなサイズのロケットを作っているチームの人間だということで特別に見学の許可を頂きました。
NG無く写真撮らせてもらったけど、公開許可頂いたものはこちらにまとめています。Google Photoにまとめたもの
作業所
作業場はコペンハーゲン中心街から湾を挟んだ工業地帯にありました。観光地になっている人魚姫の像から直線距離で1kmのところです。工業地帯とはいえ爆音がなるロケットエンジンの開発をこの場所でやっていることに驚きます。デンマークという社会全体で許容だったり応援しているのだと感じられます。
CS関係の位置を記したGoogleマイマップ


デンマーク軍の施設が近くにあったり、作業場の場所が40年前まで造船業で栄えた場所で、韓国の造船業に負けて造船業は無くなり、ちょっと寂れていて、鉄工所や化学工場(研究所?)やライブ会場があるような地域でした。近いうちに再開発で高級住宅地になる予定で、再開発時には退去予定とのことでした。
ここで小さなロケットエンジンから4.5トン級のロケットエンジンを燃やしています。かなり大きな音が出るが苦情などは出ないようです。
作業場は造船のための工場だったところを借りているそう。工作機械としてはそれほど大きくない汎用機ばかりです。昔の町工場や工房レベルの装備でした。

打上げプラットホームと射場
ボストークと名付けられた回収船と、スプートニクと名付けられた海上プラットホームがありました。
回収船は元々ボートなどを引き上げるための中古船を購入。
海上プラットホームは300万円ほどの鉄材料と動力を買ってきて1年掛けて手作りで作ったもののようでした。
みんな集まって土日に作る感じだったので1年間かかったとのこと。
みんな手弁当のスタッフで作ったと自慢げに話していました。
打上げの際は5ノットで進行し、コペンハーゲンから20時間かけてBornholm島に行き、その近くから打ち上げます。NATOの演習場としても使われるような公海上なのでロケットを打上げるなどしても法律上問題は無いとのこと。
前のプロジェクトでは創業者のPeter Madsenさんが以前に作った自作の潜水艦に乗って打上げを支援したそうです。

過去のプロジェクト
HEAT-2というのが最近までのプロジェクト。
ストレートに空いた7ポート筒の推力4.5トン級のポリエチレン・液体酸素のハイブリッドロケット。地上固定の試験のときに正常に燃焼が立ち上がらず地上で炎上。
理由は液体酸素の燃焼室直前のメインバルブが凍らないようにヘアドライヤーを使っていたのが止まってしまったためのようです。
また、燃焼的にも課題があったようです。
最終的に人を載せたいのに、低周波の振動がひどかったようで、有人化のために現在は液体ロケットに注力しているとのこと。写真は燃えたHEAT-2。

過去のプロジェクトのロケットはコペンハーゲンの一番大きな駅の近くのプラネタリウムの中に展示スペースがありました。チケット購入しないと入れませんでしたが、燃焼試験の失敗で燃えたCASIOのEX-F1など個人的に面白い展示あってよかったです。


BMP-5とLR-101
現在製作中のBMP-5は技術要素試験をメインの目的にしていて、大型のエンジンの前に技術的にクリアすべき点を明確にするために開発しているとのことです。BMP-5はバーニアエンジンとして有名なLR-101にとても強く影響を受けています。75%エタノール・液体酸素が推進剤のロケットエンジン。影響を受けたLR-101はRP-1というケロシン(灯油)・液体酸素のロケットエンジン。LR-101は川端さんの記事にもあるようにアメリカに大量に在庫があるが、ITARという輸出規制によってアメリカ以外に持ち出すことが出来ません。CSの人たちもそのためにBMP-5を新たに設計したようです。

地球周回軌道に入れようと荷物に与える必要な増速量(⊿V)は9km以上になるが、サブオービタル(高度100km以上のカーマン・ラインと呼ばれる宇宙空間を定義されている高さ以上までは上がるがすぐに地表に落ちてくるもの)の⊿Vは2km〜程度で十分です。したがって軌道投入するロケットほどには軽量化を極める必要は無いし、比推力(燃費のような値で、作用反作用の法則で飛んでいくロケットにおいての燃料を化学反応させて加速させて排気する速度と関係ある値)はかなり低くて良いです。商業ロケットでは比推力は95%以上と言われるが、BMP-5は50%程度とのこと。
エンジンの中で推進剤のかなり部分が未反応で排気されてしまっています。
点火開始シーケンスはLOXを先に出して、推進剤両方のバルブを途中まで開け(メインバルブのアクチュエータは90W級電動モータにギアヘッドとエンコーダ・サーボ基板がついているサーボモータになっていて途中まで開けることが出来る)プリバーンしている。その後燃焼が安定したら100%燃焼を行う。
タンクは外注。以前水での耐圧試験をしたら溶接不良で割れたようだ。
我々がアブレーション冷却をやっていることを伝えると驚いていた。
ロケットエンジンのサイクルはガス押し式を採用。多くの商業ロケットはヘリウムガスを使うところ、窒素ガスを用いていた。理由は安いから。
推進剤タンクとは別の気蓄器が無いのが特徴。推進剤タンクの6割程度に推進剤を充填して、残りの部分に加圧ガスを充填しています。ロケットの下側からランチャーに設置している改造したクイックコネクトで差し込んでいて、ランチャーから離脱すると逆止弁によって出て行かない仕組み。メインバルブだけで済むようなシステムになっており、極めて単純シンプルです。
しかもメインバルブは市販品。配管は日本国内ではSwagelokのインチ系が使われることが多いですが、CSではSwagelok以外を使っていてSI系(メートル系)でした。
BMP-5は極めて手作り感のある作り方をしています。再生冷却方式なので内側と外側のパーツに分かれていて、それぞれが半分に分けて作って後でMIG溶接しています。
スロート部分はへら絞りで加工しています。炭素鋼を素材にニッケル電解メッキをしています。インジェクタはアルミ製の衝突型インジェクタ。これらは水で薄めたエタノールを燃料にし、かつ燃焼効率が悪く燃焼温度が低いために成り立っている構造だと思われます。性能を下げて製造費を下げる(また、自作することで製作費をかけない)方針が徹底されています。
次の計画
BMP-100を計画中。レッドストーンのエンジンを参考に炭化水素系液体ロケットで、衝突型エレメント方式。再生冷却で100kNの推力の予定とのことです。これはエンジンの性能が悪くても人一人とカプセルを載せて十分な推力を持つものです。もう次のエンジンで有人宇宙飛行するつもり満々でした。
チームの雰囲気
見学対応してくれたJacobさん初め、関わっている人たちみんな宇宙大好き・ものづくり大好きで手がよく動くすばらしい人達なのが伝わってきます。最初はぶっきらぼうに対応されていたのが、こちらが作っているものを見せたらAwesome!Awesome!と喜んで色々質問攻めにされました。
明るく楽しい人たちで楽しそうに作業をしているのが強く印象的です。
アマチュア宇宙プログラムにおいては実際のもの作りプロジェクトとしては玉石混交になりやすく、コミュニケーションコストばっかり増大し、肝心の工学的なところが疎かになりがち。
CSの人たちで案内してくれた方々は20才台のフルタイムインターンシップ学生から本業はエンジニアのおっちゃんまで工学的に明るい人達でした。見学時はパラシュートの展開方式の打ち合わせ会議にも同席させてもらいました。会議では企業でのデザインレビューさながら。3DCAD上で設計を担当した人が機構の説明、レビュアーが質問をしていって設計者が答えていく、不安点などをその場で共有・解決していく、若く不慣れな作業者も作り方について詳細をその場で聞いて疑問点が無いかどうか、その場で確認をする。取り組み方自体は企業レベルというか、それぞれ本業の専門職で働いているやり方を用いているなと感じました。
制作物
燃焼試験架台は溶接ばりばりな手作りでした。使いやすく作られていました。

電装もモックアップを作ってハーネス(電線)を工作していました。作業手順にしてもきちんとしています。

ノーズは発泡スチロールにエポキシ樹脂でコーティングした上からウェットのCFRP積層していました。
ノーズをCFRPにすると電波を通さないために、アンテナ類は側面から出す設計でした。

モジュールにすることを強く意識していて、移動させて組み立て出来るようになっています。
電装はCSduinoというArduino Megaのチップを使ったボードを開発していました。CSduinoは打上げ時にも地上燃焼試験でも同じものが使えるようになっている設計でした。打上げ時には2つスタックして使うようです。

地上局コンピュータとしてはバーガーキングのレジ端末を買ってきて改造して使っているようです。改造しやすいと自慢されました。たしかに考えてみるとこれで十分です。

あまり英語力無くて全員と仲良くなれたわけではないが、それぞれとてもキャラクター濃い面々が揃っていました。
有人を狙う理由
創業者のKristianさんは宇宙機関で宇宙船のエンジニアとして働いていたが、作りたい宇宙船が作れないことにフラストレーションを溜めて、本当に作りたい宇宙船を手にするために開発をスタートしたとのことです。
コペンハーゲンで宇宙開発をするには、物体を地球軌道上に上げるには東や南側を陸地かつ人口密度高い地域があり、地理的に無理があります。また、国として宇宙機関を持つほどの国の規模がありません(人口500万人程度)。軌道まで上がらないならある程度の広い地域があれば良く、スカンジナビアの湾を使うとサブオービタルのロケットを打上げられるだけの広さが取れます。そのためサブオービタルを中心に宇宙開発が進められているんだと思います。
Peter madson氏の方
CSから離れた創業者Peter Madson氏の方はCSからすぐ近くの作業場で活動していました。フェンスを挟んでいるが、200m程度離れたすぐ隣。こちらは少人数だが、様々なプロジェクトを行っているようです。
1〜2トン級のハイブリッドロケットエンジン(過酸化水素とMDF)や小さな熱可塑性固体ロケットの燃焼試験を行っていました。これも宇宙への敷居を下げるためのプロジェクト。
ちょっと無謀だったり先進的すぎて怪しいようなプロジェクトに見えてしまいますが、手を動かしているのがすごい。動きが早いです。取り敢えずやってみてトライアンドエラーをやっています。こちらも寄付や開発受託のようなもので資金を集めているようでした。
CSの方がアマチュアでクラウドファンディングで資金を集めて、企業ライクな開発体制なのに対して、Peter Madsonの方はよりマッドサイエンティストでMakerムーブメントのような体制のようでした。
雑感1
有人宇宙開発を進めている国家は少ない。日本という国では話は出ても有人宇宙開発は進まない。税金を使うためのメリットなど説明が大変などなどなどいくつか問題があるからです。資金が潤沢だからという理由でこれまで有人宇宙開発は国家主導でした。だったら「必要資金が大幅に減らせるような設計だったり組織体制であれば、国家を通さず、企業などさえ通さず、アマチュアで出来るのでは?」という仮説を実際に検証しているのがコペンハーゲンサブオービタルズというチームだと思います。宇宙への敷居を下げるためにまず「国家」や「プロフェッショナル」というものを無くすという破壊的な挑戦をしています。実際見てみて、想像以上に技術的にハイレベルなことをやっていることがよくわかりました。時間はかなり長くかかるかもしれませんがアマチュアで有人宇宙飛行が出来る確率は十分にあるなと感じました。(ちなみに我々は似てるけど枠組みとかが少し違う仮定で宇宙開発にイノベーション起こせればと考えています。)
雑感2
必要資金を減らすための様々な割り切りがすばらしいです。ロケットの性能は悪くていい。性能を下げると極端に高価なものを使う必要が無くなる。市場に出回っている汎用品を使うことができる。
設計思想として徹底していています。シンプルにすること、汎用品を使うこと。無いものは作ること。インターネットを使って共感する仲間を集めること。
「シンプルにすること・汎用品を使うこと」。機体は軽量化を突き詰める必要はない、とにかく簡単で安く。シンプルさを極め得るためにはかなり工夫がある。その代わり本当に性能は悪い。
「無いものは作る。」思いついたら取り敢えず作る。
例えば、ターボポンプが必要だと思ったら取り敢えずタービンを手作りで作る。いい割り切り。
「インターネット」youtube、クラウドファンディング、ネットメディア記事など多く露出しています。出しすぎじゃないかと思うぐらいにほとんど全部の技術情報が出ています。
参考
コペンハーゲンサブオービタルズ公式
コペンハーゲンサブオービタルズのWikipedia記事
Kristian von Bengtsonのブログ記事 WIRED: ROCKET SHOP
Peter Madsenのブログ(デンマーク語)